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「いや、あれは私が勝手に頼んで来てもらつたんですからな、御心配はいりませんよ」
朝早くから徳次が探し歩いてくれたので、房一には追鮎の素晴しいのが手に入つた。浅瀬につけた追鮎箱の中で、肥つた生きのいゝそいつは青黒い美しい背をたえまなく左右に動かしながら、きれいな水に洗はれて、たとへやうもなく靱しなやかに強く見えた。鼻先に短い針を通して糸につけて放すと、そいつはいきなり激しい力をもつて水の深みに走つて行つた。
「どうも、済んまへんでした」
「ほう。元気だね。ハッパでやられたかね」
「まあ、葉書でざつと町内に出しときましたがね」
並んで立つと、いきなり
「さうです。相談があるからと云ふんで帰つて来たんですが、僕なんか何も問題はありませんよ。返すものがあれば、いつでも返します。何もないんですよ。家と、田地が少し。それも抵当に入つていますよ。僕がしたわけぢやない。兄貴が選挙の費用だの何だので金が要つたのでせう」
「どういたしまして。お茶位さし上げんと」
房一はあの騒ぎの晩、土手に駆け上つた瞬間高張提灯の明りで見合つた喜作の、禅坊主めいた精悍な顔が、その後度々会つたにもかゝはらず、妙にその時の顔だけがいつまでも印象に残つていた。
「まあ、いゝでせう。せつかくぢやありませんか」――
「よろしい。承知した」
「さうだ」
「怪我人ができたのかね」